100万ドルの氷


ヤフオクで知り合った方との話です。
(今日は長いです)


私の商品を買っていただいた方で、
いくつか質問をいただいてそれに答えてと
やりとりをするうちに、直接メールを
するようになりました。

ここでは仮にその方のお名前を
「中条さん」としておきます。

その中条さんは愛する息子さんのために
私からとあるおもちゃを購入しました。

息子さんも喜んでくれたようですが、
いかんせん輸入物で説明書等が英語。

使い方などについていくつか
質問を受けたのでした。

私も実際にそれで遊んだわけではないので、
ネットで調べた英語の情報をなんとか
それなりに翻訳して伝えていました。

中条さんも息子さんも、おもちゃ自体で
遊ぶ楽しさだけではなく「手探りの状態から
いろいろ発見する」ことにも楽しさを
見出しているようでした。

私に質問するだけではなく
「こんなテクニックがあった」と
新たな発見を時には教えてくれました。


やりとりは1ヶ月ほど続きましたが、
おもちゃに飽きたのか、遊びつくしたのか、
自然と連絡がこなくなりました。

それからさらに1ヶ月が過ぎた頃。

中条さんから久しぶりにメールが来ました。

私は新たなおもちゃでも探しているのかと
思いましたが、そんな都合の良い話では
ありませんでした。

なんでも息子さんの体調がよろしくない。
ここのところ何か思いつめた表情をしていたのだが、
次第に笑顔がなくなり、元気がなくなり、
食欲もなくめっきり痩せてきてしまった。
親としては姿を見るのも辛い。

病院もあちこち連れて行ったが、
どこに行っても体に異常はないと言われ、
おそらく心の問題だろうといわれた。
その悩みが解消すれば、体調も良くなるはずだと。

しかし、何を悩んでいるのかがわからない。
聞いても教えてくれない。

こんなことをあなたに話しても仕方ないのだが、
いてもたってもいられず、今は手当たり次第に
連絡をしている。申し訳ない。

そんな内容でした。


とても気の毒に思ったものの、
私にはどうすることもできません。

ただ、思春期特有の悩みというか、
親には相談しづらいこともあるだろうな
とは思いました。

そこで、お力になれるかわかりませんが、
息子さんの了承を得られたら、直接連絡を
してみたいと思うのですが、どうでしょう?
と返信をしてみました。

するとすぐに「お願いします」という返事と
共に連絡先のメールアドレスが届きました。

中条さんにしてみれば私を信用したというより、
藁にもすがる思いで、できることはなんでも
試したかったのでしょう。

多分さほど期待はされていないとは思いつつ、
こちらも返信を期待せず、最初は当たり障りのない
内容で息子さんに連絡をしてみました。


打ち明ける相手が誰もいなかったのか、
タイミングがよかったのか、わかりません。
意外なことに返信がありました。

しばらくは先日のおもちゃの話など
たわいもない話を続けましたが、
本人の体のこともあるし、
あまり時間をかけてもいけないと思い、
単刀直入に悩んでいることについて
聞いてみました。

最初は軽くかわされましたが、
もう一度きいてみると、
意外な答えが返ってきました。

私はてっきり恋愛とかそういう
方面の悩みかと思っていましたが、
そうではありませんでした。


「実はオレンジジュースが飲みたい」


それだけでした。

「なんだそんなこと」と思いましたが、
そこまで悩むのだから何か深いわけが
あるのかもしれない。

でもどんなオレンジジュースでも
ジュースはジュース。
手に入らないことはないと思い、
「探してあげるからどんなオレンジ
ジュースが飲みたいのか教えてごらん」と
気軽に聞いてしまったのが間違いでした。

オレンジジュースそのものは
たいしたことはなく、その辺で
売っているものより少し高いくらいの
ものでよいそうなのです。

問題はそこに入れる氷。


ガラパゴス産の氷が欲しいというのです。

ガラパゴスというのはご存知の方も
いるかもしれませんが、赤道直下の
とても暑い島です。
氷なんて取れません。

ところがガラパゴスにはペンギンがいます。
ペンギンというのは南極の寒いところで
暮らしているのが普通ですが、赤道直下の
ガラパゴスにも生息しているそうなのです。

なんでも南極からの冷たい海流が、
あの近くまで流れているそうなんですね。

その冷たい海流を頼りにペンギンは
暮らしているらしいです。

そして、極稀にその海流に乗って、
南極の氷が稀に流れ着くそうです。

もちろん、ほとんどの氷は途中で溶けて、
なくなってしまいます。

でも、元の氷がよっぽど大きいのか、
気温の関係か、運よく溶けずに残って
流れ着く氷がたまにあるんだそうです。

長い距離を運ばれる間に周りが溶け、
それでも溶けずに残った氷は、
大きな氷の核となっていたところ。

太古の昔にできた氷のもっとも純粋な部分。

それをオレンジジュースに入れて飲むと
それはもう何万年もの時を越えた
味がするという・・・。


いったいどこで読んだのか聞いたのか
夢で見たのかはわかりませんが、
いつのまにか彼の頭はそのことで
いっぱいになって、寝ても覚めても
それを考えるようになったとのことでした。

ただ、そんな空想に近いものを
求めていることが恥ずかしく、
現実には手に入らないだろうし、
親には相談したくてもできなかった
ということでした。


氷は想定外だったとはいえ、
「探してあげる」と言ってしまった
私は少し責任のようなものを感じました。

果たしてそんなものがあるのかどうかも
定かではありませんでしたが、何か
できることはないか考えました。

もしかするとその息子さんが
秘密を打ち明けたことの裏には、
私に対する期待があるのかもしれないという
妙なプレッシャーもありました。

そこで私は簡単な状況と氷の入手先を
知らないかという内容の文章を作成し、
常にメールの後半に付け加えておきました。
それを取引をした人はもちろん、
評価依頼のメールにもわざと返信するなどして、
あちこちにばら撒きました。


すると中国の人から連絡がありました。

その氷を扱っていて売ることができるとのことでした。
こんなにすぐに手に入るとは思いませんでした。
ただし、ロットは50kgからとのこと。

50kgって・・・多すぎない?
というかそんなに取れるのか?
たいしてレアじゃないのか?

そう思いましたが、多くても
手に入るのであれば問題はありません。

ただ、人の口に入るものなので念のため
安全なのかどうかを確認すると、
「ちゃんとした店で買った
ミネラルウォーターで作るから
ダイジョーブ」
という答えが返ってきました。


こちらの意図があまりよく通じていなかったのか、
それではまったく意味がないので、そちらは
ノーサンキューにして続報を待ちました。

すると今度はアメリカの某ショップから
連絡がありました。

なんでも大学教授の知り合いが「進化論」を
研究していて、ガラパゴスあたりには
よく行くそうで、その話を聞いたことが
あるということでした。

これは有力な情報でした。

早速その教授の連絡先を聞き、
連絡をしてみると確かに
氷は存在するということでした。

家庭の冷凍庫で作ったような氷が
たまに流れてくることがあるが、
やはりめったに見られないとのこと。

浮き足立った私はそれを手に入れるためには、
いくらかかるのかを聞いてみました。

返ってきた答えは「100万ドル」。

1ドル100円としても1億円。

私は冗談かと思いました。
「100万ドルの夜景」などと
大きなお金の例えとして使われる
ことがあるくらいで実際に使われる
お金の規模だとは思えませんでした。

私は「こちらは真剣なんだ。
冗談はやめて欲しい」と返しました。

しかし教授からは「冗談などではない」
という返事がありました。

広い海で流れている小さな氷を探すのは
野球場に落ちているコンタクトを探すことより
はるかに大変だということ。

しかも氷の場合、1ヶ所に留まらず
常に流され動いているということ。

天候や海流を分析して予測するためには
膨大なデータ処理が必要なこと。

魚を探すようにソナーなどでは探せず、
多くの船や人員が必要となること。

あなたの状況を聞く限り、数年単位の
時間ではなく早く結果をださないと
いけないのであれば、なおさら捜索の
規模を大きくしなければならず、
その分、費用はかさむこと。


などなど冷静に考えれば、その理由はすべて
反論の余地がない、納得のできるものでした。

あまりの高額にがっくり肩を落とした私ですが、
とても払える金額ではないと思いながらも、
いちおう中条さんに報告だけはしなければ
ならないと思い、連絡をしました。


ところが驚いたことに中条さんの答えは
「安い。すぐに買う」でした。

これには私は再び冗談かと思いました。
1億ですよ?

中条さんは実はそれなりの企業の役員の方で、
両親もお金持ち。それなりの財産があったそうです。
なにより、息子の命に代えたらお金なんて
いくら払っても安いものだという考えでした。

これはどこの親でも同じ考えでしょう。
ただ、いくら気持ちがあったとしても、
すぐにお金を用意できるかどうかは別問題です。
その点、中条さんは恵まれていました。


私はそんな大金を仲介する度胸はありませんので、
以降はお互いを紹介し、できる限り直接
やりとりをしてもらうことにしました。
私は横で経緯を見守りつつ適宜サポートを
する程度の脇役に務めました。

大学教授が研究の際に利用する
民間の海洋調査会社を紹介され、
そこに手付金として一部の支払いを
済ませるとプロジェクトが立ち上がり、
あとは一気に進みました。

教授が言うには奇跡的にタイミングがよく、
また一気に人材を投入したことも功を奏し、
1ヶ月もしないうちに息子さんの元へ
10個の小さな氷が届けられました。

海流に乗って複数の氷が流れ着き、
集めたらちょうど10個になったそうです。


私は直接見ることはできませんでしたが、
それは一般的な冷蔵庫の冷凍室で作られる
ぐらいの大きさだったそうです。

ただ、とても神秘的な輝きをしていたとのことでした。

その氷をグラスにいれ、オレンジジュースを注ぎ、
息子さんに渡すと、彼はすっかり細くなった腕で
しっかりと受け取り、ゆっくりと眺めたあと
一気に飲み干したそうです。

そして、息子さんは久しぶりに
笑顔を取り戻しました。

中条さんがもう何年も息子の笑顔を見ていないかのように
感じたぐらい久しぶりの笑顔でした。



話はこれでめでたく終わるのですが、
不思議なことがひとつ起こりました。

実は用意したグラスに10個の氷が
全て入らなかったそうです。

7個でいっぱいになってしまった。

そこで余った3個を中条さんは
私に送るよう氷を届けてくれた
業者の配達人に伝えたそうです。

しかし、私はいまだそれを受け取っていません。

業者に確認をすると、その配達人とは
あの日以来連絡が取れないそうです。

一体、どういうことなのか。


中条さんに詳細を聞くとあの日、
配達をしてくれた人にも
普通の氷を入れたオレンジジュースを
出してあげたそうです。

そして、中条さんは息子の笑顔が戻った喜びで、
この氷がどういうものなのか、この氷を得るのに
いくらかかったのかをつい話してしまったそうです。

すると配達人の表情が少し変わったように見えました。

そしてなにやらつぶやいていたそうです。
10個で1億。1個で1000万。
グラスの中には7000万・・・。


中条さんは配達人どころではないので、
さほど気にしていなかったようですが、
私に送るための余った3個の氷を持って
部屋を出るときにもなにやら
ぶつぶつ言っていたみたいです。

1個で1000万。3個で3000万・・・。


どうやら配達人は3個の氷を持って
行方をくらましたようです。



4月1日ってことで書いたけどなんか変な話に
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